昨日、銀行に行きました。
午後一時くらいということもあり、お客さんがたくさんいました。
発券機から番号札をとり、ソファにゆっくりと座りました。
僕は銀行に置いてあった日経新聞の株式の記事を読みながら、順番を待っていました。
すると、スーツを着たサラリーマン風の2人組が、僕のすぐとなりのソファに座りました。
彼らの会話が聞こえてきました。
口調から察するに一人は上司で、もう一人は後輩のようです。
上司「お前、新聞読んでる?」
後輩「いえ、新聞とってないんですよ」
上司「それダメだぞ。社会人なら新聞くらい読めよ」
後輩「じ、時間があったら・・・」
軽く聞こえてきた会話は、こんな感じだったと思います。
あなたは新聞って呼んでいますか?
僕は、自宅に新聞はとっていません。
正確に言うと、昔は新聞読んでいたのですが、現在は喫茶店やそういうところでしか読んでいません。
確かに新聞を読んだ方が良いという話は、常識のように聞きますよね?
でも果たして新聞を読むってどんな意味があるのでしょうか?
ニュースはネタ
社会人なら新聞は必読と言われる理由の一つは、「ネタ」です。
確かに新聞でとりあげるニュースは、会話のネタになります。
取引先の方との会話に困らなくなるので、必要です。
でもそれだったらyahooニュースなどのネットニュースで充分なわけです。
反響が大きい記事は、すべてネットでみえるわけですからね。
しかもインターネットなら他の人の意見やアンケートなどもリアルタイムでみえるわけです。
新聞であろうとニュースであろうと、結局のところ受動態に変わりはないので、ネットニュースの方が便利だと思います。
新聞は偏りが激しい
物事には、相対性があります。
これは、ニュースや出来事にも同じことが言えます。
産経新聞、読売新聞と朝日新聞、毎日新聞、東京中日新聞、琉球新聞が同じことを言っていますか?
右寄りの新聞と、左寄りの新聞では、意見どころか内容、事実自体が全く違うなんてよくあることです。
事実を伝えるだけの新聞があれば、読む価値があると思います。
しかし、発行会社のプロパガンダや、記者の感情、社風をひっくるめて記事になっています。
ですから、読者である我々は、いろんな角度から書かれたニュース記事を見なければ本質を判断できなくなってしまっています。
いろんな記事を見なければいけないなら、新聞を一社だけ毎日購読するなんて、意味がないですよね(笑)
そもそも新聞がすべて正しいなんて言うのは、嘘ですから。
週刊誌のような感覚で読まなければならないわけです。
新聞は記憶にあまり残らない
喫茶店などでは、新聞を読む僕ですが、正直なところ読んでもあんまり覚えていないことが事実です。
先週の新聞にどういう記事があったかなんてほとんど覚えていません。
よっぽどの奇抜な記事や驚いたことなら覚えていますが、面白そうな記事をサラッと読んでしまいそれで終了って感じです。
結局のところ、読書と違い目的を持って読んでいないので、そもそも記憶しようなんて気持ちになっていませんからね。
まとめ
このようなことから、「新聞を見ろ!」とは言わず『ニュースをチェックしろ!』くらいがベターかな?って思いませんか?